2012年湯ノ台コース
湯ノ台温泉から滝ノ小屋を経て南面の広い斜面を登る。クラストしてきたので標高1900㍍あたりでスキーをデポ。同行のOと別れて一人行者岳へ向かう。外輪山に立ち七高山の手前から急な雪壁を下ったが、アイゼンの前歯がやっと食い込むという手強い場所だった。
新山の登頂を終えて、外輪山へ登り返しスキーデポ地に戻るとあとは快適な滑降が待っていた。日本海へと沈む夕日が美しかった。
2014年鉾立コース
鳥海ブルーラインはGWには開通する。鉾立から入り、御浜小屋を経て外輪山へ出た所から急な雪壁を千蛇谷へと滑り込む。
この広い谷を登りつめるのだが、ここを帰りに滑るのだと思えば、その長さも苦にはならない。
2度目の新山に立った後、日本離れしたスケールの千蛇谷を飛ばす。夏道を外輪山へと登り返すあたりから天候が急変し、扇子森を過ぎるとホワイトアウトとなってしまい、GPS頼りの下山を余儀なくされた。
2023年祓川コース
祓川の駐車場には車がいっぱいだった。鳥海山のメインコースは人気である。途中の避難小屋まで2段の急斜面をはらませ、その上も適度な傾斜の斜面がつづく。途中で私のスキーアイゼンが壊れ、登山用のアイゼンもピッケルもなかったので山頂をあきらめる。この頃には雪もほどよくゆるみ、快晴下の滑降は快適だった。でも登頂のない山は、やはり物足りない。
飯豊山は大きな山だ。雪のある時には大日杉から登るのが一番近いと思い、ここのコースを選んだ。それでも標高差900mを稼いで地蔵岳を踏み、400mほど大又川に下ったあと、さらに飯豊山頂まで600m弱登り返すこ
とになる。ざっと言えばそういうことだから、ずいぶんとしごかれる。スキーを駆使しなければ1日では無理だと思う。
幸運なことにスキーは登下降ともほぼ全行程で用いることができたし、谷筋の雪割れも危険なものはなかった。加えて大社沢の雪の状態は良く、この広大な斜面を我々だけで思う存分滑られたことは恵まれた山行と言うほかはない。
ベースの大日杉小屋にはお世話になった。
グランデコスキー場のリフトを乗り継いでゲレンデトップから歩く。樹林帯を抜け西大巓に立つ。シールを着けたまま下り、西吾妻小屋に立ち寄ってから山頂を目指した。平らで広い頂は山頂標識で、それと分かったが、なかなか見つけにくかった。
帰路はシールをとって来た道を引き返し、西大巓の東山腹を横切った。樹林の中を滑り、ゲレンデを快調にとばしてフィニッシュとなったが、山頂からそのまま南へと下る二十日台コースというのがあるのを帰ってから知った。そちらを取ればよかったと思う。
3月14日の夕方近くに家を出て、約半月間の東北を山スキーと温泉を巡る旅に出た。相棒は相変わらずの古女房。舞鶴自動車道から北陸自動車道に乗り継ぎ、新潟手前のSAでダウンして車中泊。
翌日、磐越自動車道を走り、まずは手ごろな山からと思って箕輪山を選んだ。西山麓の箕輪スキー場からリフトを用いて登り、山頂までは2時間足らずの距離だから足慣らしにはもってこいである。
雪が多ければ全山純白の斜面になるのだろうが、覚悟通りの寡雪で針葉樹林帯を抜けると、灌木が頭を出す斜面。これに引っかからないで滑るのは難儀だ。おまけにクラストしている。そう思いながら登りつめ頂上へ。
まずまずの視界で、磐梯山や安達太良山がかすんで見える。北に吾妻山へとつながる雪の山稜も魅力的だった。下りはシールをとって灌木の合間を縫って滑る。第3リフトへとコースをとる選択肢もあったが往路を戻る。
灌木群は案じたほどではなく、うまくこなすことができた。また針葉樹林帯の中はやわらかな雪のままだったので、快適。その勢いのまま一気にゲレンデへと滑り込んだ。
磐梯山ゴールドラインは11月中旬から4月中旬までは通行止めとなるが、5月に入っていたので車で登山口まで登る。八方台から中ノ湯跡を見て行くと、荒々しい櫛ヶ峰の岩肌が望まれる。この日は2日ほど春の雪が降りつづき、山は薄化粧。スキーが使えたのは重ね重ねの幸運。広い台地に出ると、もうひと登り。山頂からは猪苗代湖が眺められる。スキー場の開いている時期なら、この麓の猪苗代スキー場から東尾根をたどるコースもあるようだ。
ロープウェイで行き、「ほんとうの空」の下、登る道に雪はなく、乳首山とも呼ばれる山頂を踏んだ。「あれが阿多多羅山、あの光るのが阿武隈川」と同行のOが智恵子の言葉をつぶやく。沼ノ平火口はいつか火山ガスによる遭難があった場所で荒涼としていた。スキーが使えたのは振子沢のみ。くろがね小屋に立ち寄り、無用の長物となったスキーを背に勢至平への道を歩いた。
桧枝岐のロッジをベースに会津駒を登った。脇道に入った公衆トイレ前に車を置き入山。しばらくは林道を行くが、途中で上ノ沢に入り、浅い枝沢をつめていく。枝尾根に乗るとやがて夏道に合するのだが、すべては雪の下。森林から出ると気持ちの良い雪の尾根となり、やがて駒ノ小屋に着く。頂上は目の前で、そこからは源六郎沢の源頭に滑り込む。適当なところから徐々に高度を落としながら登路の尾根へと戻る。
三陸海岸シーカヤックのピリオドとして登る。車のルーフにカヤックを積んで小田越へと車を走らせ、そのまま車中泊。
翌朝早くに出発し、頂上を往復した。明け方まで降っていた雨は上がり、雲が時々切れて青空がのぞくという最高のシチュエーション。薄雪草は花弁を落としていたが、他にいくつもの高山植物が目を楽しませてくれた。道もよく整備されていて女房殿はご満悦。百名山はいつも登りやすい。9時頃には車に戻ったので、ちょうど朝の散歩といった気分。
日本の海をシーカヤックで旅するのに、
今ノトコロこれに優る入門書はないだろうと自負しています。
これから始める人も経験者も、ぜひ一度読んでみてください。
第1章はシーカヤックで海を旅するために必要なノウハウ
第2章は私のシーカヤックのフィールドと紀行になります。
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