室津の沖の唐荷島
シーカヤックの初心者にもってこいの海でと島である
軌跡は、ほん最近のものばかり
昔のものを加えると、海は真赤に塗られてしまうのでは・・・なーんちゃって
ホラ吹いちゃった
Iさんの新艇の進水式にお付き合いしての1泊キャンプの海旅。
布浜のカキ工場の駐車場に断って車を停めさせていただく。3分割の舟を組み立て、シャンパンをふりかけて、新艇を祝う。処女航海は曽島と鴻島の間を抜け、
頭島へ。外輪の浜に上げ、昼食を兼ねて島内散策。「ふみ」のお好み焼きを食べ、タヌキ山を越えて、Rebomのテラスで海を見ながらパフェ、優雅である。
泊り予定の大多府島亥の子キャンプ場は荒廃していて草茫々。しかたなく南岸の猫の額ほどの浜に上げてキャンプした。流木で焚火するいい夜になった。
翌日は、ハンセン病療養施設「愛生園」のある長島を回りカキ筏のならぶ虫明湾を漕いで帰った。
大小40の島々があり、その内の有人島は家島、坊勢島、男鹿島、西島の4島。姫路の飾磨港から連絡船が出ている。漁業と採石で豊かな島である。島の人の言葉は荒いけど気性はさっぱりしていて、私は好感をもっている。採石の盛んな男鹿島と西島は切り崩されて、年々その姿を変えている。
カヤックで何度か渡った。距離は10㌔ほどで最近は猪も泳いで渡っているらしい。
出艇は的形の浜、室津漁港、赤穂の丸山海岸等々になる。加古川河口から上島、倉掛島、太島経由で漕いだこともあるが、これはさすがに遠かった。
無人島には何カ所かの砂浜があり、水さえ携行すればそこにキャンプできる。太島や西島など申請のいる所や黒島のようにキャンプ禁止の島もあるので注意
Iさんの2艇目の新艇進水式のために牛窓へ。シャンパンを開けて艇にふりかけ、残りはみんなでいただく。
牛窓の海水浴場は舟が出しやすく、駐車場もあるので便利。北東の鼠島へと足を伸ばしたあとで、前島へと戻る。南岸をぐるりと回って、渡船の航路を横切り牛窓瀬戸を通り抜けて海水浴場へ。強くはないが逆潮だった。
牛窓は日本のエーゲ海と言われる風光明媚なところ。きれいな海と島がちらばってカヤック初心者が訪れるのに適している。
毎年、夏に長男家族とキャンプに行っている。一昨年は仙酔島、昨年は大久野島、今年は犬島へ。宝伝港から渡船が出ており、女房、嫁、孫たちはそれで行き、私は息子と2人で宝伝海水浴場からカヤックで。犬島までは一漕ぎの距離なので、途中で渡船の来るのを20分ほど待ったが、その間にかなりの距離を流されていた。それは、はっきりと軌跡に現れているので、やはり瀬戸内海の潮は速いようだ。
犬島では自然の家に宿泊。夜は天体観測に参加し、望遠鏡で月の写真を撮ってもらった。長男家族とのささやかな真夏の夜の幸せである。
犬島はベネッセの手が入る前からカヤックで行っていたが、今はアートの島として訪れる人も多くなっている。カヤックツァーで訪ねるにはいい所である。さらに豊島、直島とつないで、アートの島巡りというのも計画してみたいと思った。
楽カヤックと自転車の組み合わせは楽しい。島の山に登るなら電動自転車に限る。こんな楽とは知らなかったし、島内のアートも苦もなく巡られる。
瀬戸内のアートの島のうち、直島、女木島、犬島はカヤックで巡ったが、豊島だけが残っていた。Iさんを誘って出かけてきた。
沼の港から出て、豊島に渡り、豊島で一番高い壇山に登って、十数か所あるアートを見てまわり、どこかでキャンプ。帰りは島一周して、例の産廃処理地を見て帰るという、いつもどおりの欲張りプラン。
全てかなったので、充実感いっぱいの海旅となった。標高340mの壇山へはレンタルの電動自転車で登った。これがなければ、島内一周も到底無理というものだ。
海水浴場だったとち浜でキャンプした。浜の端に筏があって、ちょうどいいウッドデッキ。この上での宴会は、貧乏な我々にとってはグランピング気分。飲みながら眺める夕陽の色移りは、この島の最高のアートのように思えた。
考えてみれば、我々の旅は地表に刻む一瞬のアートかもしれない。そんなことを思わせてくれた島、美しい海だった。
笠岡諸島には大小31の島があり、そのうち、高島、白石島、北木島、真鍋島、大飛島、小飛島、六島の7島に人が住む。
この島々をシーカヤックで巡った。出発は神島だが、ここも元は島である。干拓が進んで平成2年には完全に陸続きとなった。断りを入れて神島神社前の路肩に一晩車を停めさせてもらう。
差出島と高島の間を漕ぎ抜けて梶子島を目指した。梶子島は無人島だが岡山県青少年の島としてキャンプ施設がある。上陸するには許可がいるようだ。大飛島、六島と上陸して回り、猫で有名な真鍋島へ。さらに漕いで白石島の楠海岸に着け、ここでキャンプした。
翌日は、天気が崩れかけていたので、早朝から漕いで、帰路についた。主だった島には立ち寄ったつもりだが、駆け足すぎた。次回は、山登りや釣りなど織り込みながら、ゆっくりと訪ねたいものだ。
楽カヤックで島に渡り、山を登るというスタイルが好きである。若い頃、ノルウェーのフィヨルドに漕ぎ入って、海になぎ落ちる岩壁を登ることを夢見たことがある。今はおとなしく、海を漕ぐしかないけれど
倉敷の沙美海岸から漕ぎだし、塩飽諸島を一回りする海旅。途中、広島の最高峰である王頭山に登り、塩飽本島をレンタサイクルで一回りするという計画である。
潮の湧く島である。潮回りを調べ、計算して出かけた。大雑把に言うと午前中は西から東に、正午あたりから東から西に流れるということだが、おおむね上手く潮に乗れて、逆潮のストレスは感じなかった。キャンプ地の海水浴場(ほぼ閉鎖)で水浴できず、やたら暑かったこと以外に誤算はなく、脱水状態ながら、王頭山の登山もできた。本島も電動自転車のおかげでゆっくり楽に1周できた。十二分に満ち足りた海旅である。
楽カヤックと自転車の組み合わせは楽しい。島の観光には自転車が一番だからレンタサイクルがあるかどうか調べておこう
人間魚雷「回天」の基地があった島、大津島へシーカヤックで行った。2人艇3隻の6人。
3日9時に周南市の長田浜から漕ぎ出して大津島北端の近浜の小さな漁港に上げた。この間、わずか3キロ、上陸してビールで乾杯後、7人塚やガマの原など近くを
散歩してまわる。
無人島の五ツ島には昼過ぎに着き、きれいな浜の木陰で、目の前に広がる景色を眺めながら昼食宴会。一升瓶も空いたので、ほどのよいところで切り上げ、馬島へ向かう。
カヤックは馬島西側の護岸にわずかに張りついた小石の浜に上げた。ふれあいセンターにチェックインして回天記念館に行った。中からは開けられないような魚雷艇に乗せて二十歳前後の若者に「死んでこい」などということは、いくら美辞麗句や大義名分で固めても、決してさせられることではないだろう。本人の意思だ、発意だなどとの言い訳が、命令権者に許されるのか。館を出ると緑の木々が風にそよぎ、青い空と海が広がっていた。こんなおだやかな景色の中で、繰り広げられた陰惨な日々を知ると胸のつまる思いがする。
翌4日は自転車を借りて島見物のサイクリング。島の学校は閉鎖され子供の姿はない。島内を巡るコミュニティバスを待つ人と話したり、枇杷をいただいたり。ここも高齢化、過疎化が進んでいるが、ゆっくりとした島の時間と暮らしがある。
帰路は、潮と風に助けられて順調。1日10キロほど漕ぐのも楽でいい。今回の海旅は、テーマは少し重かったが、いっしょにいるだけでも楽しいメンバーと天候に恵まれた。
23日午後、荘内半島の船越の港脇(数台分の駐車スペースあり)の砂浜から漕ぎ出す。5㌔㍍ほどの距離だから急ぐこともない。ほどなく粟島の西浜に着いた。
艇を上げておいてから島内見物。浮き玉を細工した作品が面白い。ここもアートの島なのだろうか、見どころが多い。この小さな島に商船学校があり、その校舎が残る。ル・ポールというしゃれた宿泊施設もある。でも我々が泊まるのはテント、西浜に戻ってささやかな宴会。「海岸で火を焚くと、海上保安庁がとんでくる」という地元の人の忠告を聞いて焚火はしなかった。
24日早朝、城ノ山に登る標高は222㍍に過ぎないが正味の標高差で急登続きである。道はよく整備されていて階段も多い。30~40分の登りで山頂に着いた。名のとおり城跡で360度の展望が素晴らしい。島は洋上の山である。
帰路にスクリューの形をしたこの島を回ってみた。途中から雨になった。平滑な水面に落ちる雨滴が星形を作って消える。海がおだやかなら雨の中を漕ぐのもいいものだと思った。
丹後半島の若狭湾側にある伊根の舟屋は近年有名になり、多くの観光客が訪れている。高台には舟屋の里公園からは展望がよく、青島を回る観光船も人気だ。
女房と漕ぎ始めて間のない頃、友人2人とこの伊根から出発して蒲入まで往復した。伊根の入江を周回した後、海岸線に沿って北上。途中で新井漁港や徐福伝説のハコ岩・新井崎神社に立ち寄った。徐福の上陸地点は九州、四国、紀伊半島など各地にあるが、ここもその一つである。
蒲入の漁港でUターンし、帰路に適当な所に上げてキャンプした。楽しい一夜だったけど、蚊帳テントを通り抜けるような小さなヌカ蚊に刺されてしまった。掻かないでいると収まるものを、つい掻いてしまったので1週間ほどひどいかゆみに悩まされた。今となれば、これもいい思い出である。
※写真は、このとき同行した友人のものをお借りした。みんなどうしているのだろう。
参塩谷は夏にはキャンプ場が開設される。
諸寄からわずかに漕ぎだした先にある無人浜。我が家の3世代でカヤック&キャンプ
ライフラインはないので、なにもかも自分たちでやるしかない。
こんな経験が人生の何の役に立つのか知らないが、生きる力を養ってくれならありがたいこと。娘と婿殿は大振島の間で波にあおられて帰ってきた。孫娘は波にもまれてはしゃいでた。
フジタカヌー創始者の藤田さんは、70才を過ぎたおばあさんが孫を乗せてカヤックを漕ぐ姿に感動を覚えたと話してくれたが、まさか私に、そんなときが来ようとは思ってはいなかった。沖の水平線に沈む夕日は幸せにちがいない。
日本の海をシーカヤックで旅するのに、
今ノトコロこれに優る入門書はないだろうと自負しています。
これから始める人も経験者も、ぜひ一度読んでみてください。
第1章はシーカヤックで海を旅するために必要なノウハウ
第2章は私のシーカヤックのフィールドと紀行になります。
途中に挿入されたエッセイもお楽しみください。
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